選考委員による総評

第5回 風景デザインアワード 総評|2023

 本アワードは風景を扱いデザインする人々が参照すべき規範的な風景とはどのようなものかを探求することを目的とする。またその過程で重要と考えられた事例を、表彰をとおして支援する。

 今回は2年ぶり5回目の開催である。1~4回を終了した時点で一度これまでを振り返り、仕切り直しをすることになった。1~3回目までは審査の方法が混沌としてもいた。でも4回目に方向が見えてきた。そうして今回は4回目に確立された方法を踏襲して実施することになった。

 審査員は風景の推薦者の1次選考資料を受け取り、それを精査した後、2次選考までの間に、その風景の価値を掘り起こす。そのために、推薦者との協働の作業、意見のやり取りを行う。こうして審査員が風景の評価と表彰を一方的に行うのではなく、推薦者と審査員の双方が、そしてこの過程に参与するすべての人々が、ともに風景のあらたな価値を探求する過程を経験する。最後に各風景には、ユニークな賞の命名がなされる。

 今回はこれまでと異なり、九州内だけでなく全国から応募があった。北海道の自然海岸、古代から続く三重の田園生態系、神奈川の市民雨庭だ。また九州内からは、地域と自然を切り結ぶ福岡の共同住宅のオープンテラスと商業建築の結界の造形、長崎波佐見と福岡市の水辺の楽校、流域治水に役割が期待される福岡のため池群、宮崎の駅前通りを彩る多年草の植栽、熊本菊池の多世代共創のかわまちづくり、長崎松浦の伝統的な住宅生垣群がエントリーした。それぞれのスケール、自然と文化の占める領域と程度、そして人々の関与の仕方はじつにさまざまだった。

 こうした多様な事例を俯瞰するのに、景観・風景の概念が効果的とあらためて知った。2次選考会におけるプレゼンターと審査員のやり取りは、各事例をいっそう生き生きとした風景に変えた。参加者が相互に事例を味解した。

 このたびも規範風景が、だれにでもわかるようなかたちで浮かび上がったわけではない。しかしその探求の継続は、規範風景の同定と事例の支援に勝るとも劣らぬものと思われた。こうした認識が本アワードの過程をとおして、多くの参加者に共有されたのならば、責任者としてこの上の幸せはない。


第5回風景デザインアワード選考委員会 選考委員長 山下三平

第4回 風景デザインアワード 総評|2021

 今回は対象を風景表象として評価するだけでなく、風景表象をうみ出す人々の活動の価値をも吟味した。また書類選考後に、対象がもつとおもわれた価値と課題を書面で推薦者・関係者と共有し、その後、公開ライブイベント・選考会で推薦者・関係者と質疑応答する形式を採用した。その結果を踏まえ、各対象が選ばれた理由を端的に表す賞の名称を考案・公開した。これらの新しい試みは、対象の評価・顕彰をとおして、規範的な風景を探るとともに、風景をみる我々自身の洞察力を鍛えるという本アワードの目的を、よりいきいきと追究するためだ。

 5件の事例が表彰された。1)エフェメラルの価値(福島ガーデン)、2)境界・空間の融合(北原公園)、3)沿道植栽の主体的な彩り創出(サクラマチスポンサー花壇)、4)持続による象徴化(第三空港線)、そして5)ひらくことでつなぐ空間(菊池市民広場)に関するものだ。くわしい表彰理由は各講評を参照していただきたいが、ひとつだけ、ライブイベントの時にとくにハッと気づかされたことがあるので紹介したい。

 1)についてだ。ふるく価値ある街並みが保存されている地区にのこされた空間を、所有者のゆるしを得て、住民がひそやかな“ガーデン”にしている。人々のお茶会もうまれ、周辺へのガーデニングの波及もみられてこころなごむ。でも、このエフェメラルな(ephemeral: はかない)“ガーデン”の持続が心配になりもする。いっぽう推薦者は、いまを楽しむことの大切さを指摘した。確かにそうかもしれない。風景の持続の重要さの一方で、ものごとの限界を知り、いまをしっかりとたのしむことの大切さをみのがしてはならない。

 今回までの4回のアワードで合計22件が「規範的風景」の候補として選定された。これまでに我々はどのような風景の価値を見出し、どのようにそれを共有しつつあるのかを、いちど自ら省察することも、意義あることではないか。

 本アワードは長引くコロナ禍をはさんで、選考の方式が変動している。しかし規範的風景とは何かを追究しつつ、追究者である我々自身がいわば風景の“目利き”となることをめざすという方針は変わらない。この22件において、我々の規範的風景を探求する旅の一階梯が、いかなるものであったかを吟味してみたい。そのうえで、この終わりのないであろう旅を、さらにつづける縁(よすが)としたい。そんなことを思った。


第4回風景デザインアワード選考委員会 選考委員長 山下三平

第3回 風景デザインアワード 総評|2020

 本アワードは、風景のデザインに携わる者が折に触れ参照すべき、「規範的風景」を探求するものである。その過程で、風景の多様な価値を見分ける目を鍛え、そうして見いだされた風景の持続を、ささやかに支援したい。

 3年目の今回は、応募件数が6件で、その中から4件がアワードの対象に選ばれた。その4件は、棚田、裏通り、温泉および農作物の風景であった。いずれも、1)直観的に印象的な風景であるだけでなく、風景的対象の成り立ちに、2)持続的かつ有機的な、生き生きとした出来事が含まれていた。省みれば選考会では、1)と2)のつながりの明瞭さが、評価の重要な基準となったのであった。

 今回は、新型コロナウィルス感染症の蔓延が、次第につよく実感され始めた時期に選考を行った。このため、予定していた推薦者によるプレゼンテーションを省いた。このことは、対象である風景の意味を理解する制約になる一方、風景の美とその形成作用との、持続的・有機的な関係性の明瞭さが、「規範的風景」の探求のための、重要な視点であることを浮き彫りにした。今回の成果であるとともに、引き続き検討を要する観方である。


第3回 風景デザインアワード選考委員会 選考委員長 山下三平

第2回 風景デザインアワード 総評|2019

 風景デザインアワードは、1)規範的な風景の探求、2)発見された風景の持続支援、および 3)本会の価値観の開示と観法の洗練を目的とする。2 回目の本年度は 9 件の推薦があった。推薦者により推薦理由の簡潔で明瞭な説明が行われた後、選考委員による厳正な審査が行われた。その結果、いずれの候補も、本アワードにふさわしいものと評価された。

 それらは、a)無名だが美しい風景の発見(1 件)、b)定評のある風景デザインの再認(2件)、c)地域素材が風景をつくるという基本(1 件)、d)風景の再生による伝統の復活(2件)、e)古代からの生活史を刻みつつ持続する自然美(2 件)、f)様々な感性を導く要(1件)という、多様な価値をそれぞれにもつように思われた。そうして本アワードが目指す規範的風景の探求に、大いに貢献するものと思われた。それは b)のようなクラシックだけに関わるのではなく、a)のような、隠れているが大切な風景にも関わるものであり、c)から f)のすべてに対する吟味から、自ずと象(かたち)を現してくるのではなかろうか。

 風景デザインアワードの表彰をとおして、ユニークな事例に対する認識を共有したい。そこには欠点も数多く見いだされるかもしれない。しかしそうすることによって、上記の 3 つの目的、とくに風景を扱う人々の、風景の目利きとしての洗練が期待できよう。風景は人間の営みによって創造される側面をもつ。本アワードはそれ自体が、風景の創造なのである。


第2回 風景デザインアワード選考委員会 選考委員長 山下三平

第1回 風景デザインアワード 総評|2018

第1回風景デザインアワードは、以下の3項目を目的として実施された:

  • 推薦者の直観的評価に基づく推薦事例を集め、将来的に「九州の規範的風景」を同定することができるように積み重ねていくこと
  • この顕彰をとおして、規範的風景(またはその候補)の保全と持続を支援すること
  • そのような積み重ねをとおして、風景デザイン研究会が何を評価するのかを闡明し、研究会の評価の力を高めること


 こうして選考されアワードが授与された事例は以下の4件である。その特徴と評価の要点をあわせて示そう。

1) 日本最後の柴井堰・川原園井堰

 残存する唯一の柴井堰である。柴を束ねる竹の扱いや使われる樹種の選択等に、熟練の技術と経験知が大きな役割を果たしている。継続的な労働により現在まで持続する。利便のため一部コンクリートを導入したが、基本構造は変わらない。

 この堰とそれを取り巻く風景の美しさに加えて、作業の活気、森林・木材資源の有効利用、地域外の力の導入可能性、環境保全の役割が高く評価される。一方、コンクリートの導入や、地域の人々の可動堰化への期待などの扱いが課題である。

2) 阿蘇一の宮門前町商店街

 平成4年より地域でまちづくりを行っている。水と緑の活用が、手作りで少しずつ増えている。道路の美装化などに頼らずに、民間で独自に取り組むことで、統一されすぎることなくほどよい、そして心地よい風景が実現している。

 水と緑のバランスや、住民独自の取り組みによる街路景観の維持が評価される。こうした民間の主体的な取り組みが持続することで、良好な風景が実現していることが重要である。サイン類も一定の秩序を保ちながら、親しみやすい自由度もある。

3) 道路品評会

 ごく普通の風景・集落のようだが、地区間の品評会によって、近世から維持されている。こうして実現した風景は目的ではなく手段である。風景の主体であるコミュニティの力は、熊本震災の復興にも、大きな力として働いたのである。

 住民による継続的な手入れが持続していることで、道路の側面へのコンクリート施工の導入が行われず、自然素材で秩序のある道路景観が維持されているのは高く評価される。また競争的品評会という形式を近世から持続していることで、この手法の実効性の歴史的証明ともなっている。さらにこれが年中行事として、地域の活性化と誇りにつながっているのもよい。風景の持続と、人々の営みの強い連携が見て取れる。

 一方、植生は成長するものであるから、刈込の仕方との程度を考慮して、「規範的風景」と言える時節を、慎重に考慮すべきかもしれない。

4) 五島列島福江島の円畑

 長く持続する複数の「円畑」の美しいモザイクが、ひろく人々に認識されるようになったのは、ドローン技術の普及によるところが大きい。季節風に備えるツバキの防風林、牛をつなぎ円運動させて作業することによる形態の発生など、地域の風土が風景に現れ、新しい技術が地元での、「風景の発見」に寄与しているのである。この発見と公開がまたさらに、伝統的な農のユニークな形態の、新たな発見を促してもいるのである。

 幾何学的でない「円い」畑の構成する風景はまことにユニークである。これを長期に渡って維持管理してきた人々の農の営みの生み出すものは、自然と人間の双方向からの応答を映す鏡のような役割を果たす、価値ある持続的風景表象として高く評価される。


 本アワードの選考においては、1)普通の風景か優れた風景か、2)風景の形成・維持の取り組みか風景の与える印象か、3)賞を与える行為は必要か否か、が同時に吟味された。これらについての継続的な議論が必要である。次回に向けて選考委員会では、この点を踏まえた選考方法をより明瞭かつ分明に示すことにしている。


第1回 風景デザインアワード選考委員会 委員長 山下三平