受賞事例の講評

第3回 風景デザインアワード 講評|2020

つづら棚田

講評

 県道から急勾配の森の中を抜けた先に、急に視界が開けて、石積みの起伏に富んだ棚田の全景が眼前に現れる。耳納山系の中山間地、福岡県うきは市新川地区にある「つづら棚田」は、標高約450mに位置し、約6ha、300 枚の棚田を指す。この棚田は、寛政6(1794)年には完成したとされ、人里離れ、戦後の区画整理事業の影響を受けずに、等高線に沿った棚田の土地所有形態が、現在まで継承されてきた風景のオリジナリティが高く評価された。北向きの傾斜地で、棚田の中心を葛篭(つづら)川が流れ、開墾した際に出土する安山岩を野面積みした石積みの棚田が1/7 の勾配で連続している。初夏には、竹樋を縦横に巡らせた特徴的な農耕景観がみられ、棚田の上段から中段、下段と順番に、集落住民や棚田を守る会等によって、「田直し・ミズアテ・田植え・水落とし・稲刈り」等の農耕儀礼、祭事が行われる。9月下旬には、黄金色の稲穂ともぐら避けのために植えられた真っ赤な彼岸花が織りなすコントラストが見事で、日本の棚田百選にも認定されている。新川田篭(にいかわたごもり)地区は、平成24 年7月に国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

ポイント

  • 江戸時代後期から戦後の区画整理事業の影響を受けずに、等高線に沿って無理なく区分けされた約300 枚の棚田の土地所有が守られ、米作営農が継承されてきた
  • 周辺から隔絶された北向きの斜面地の中心に葛篭(つづら)川が流れ、現地を開墾する際に出土する安山岩を野面積みした石積みの棚田景観を保全してきた
  • 初夏には、竹樋を縦横に巡らせた特徴的な農耕景観がみられ、集落住民や棚田を守る会等によって伝統的な水管理、営農環境が保全されてきた

上乃裏通り

講評

 上乃裏通りは熊本の中心市街地を南北に貫くアーケード街(上通)の裏通りに位置する。当該地区は戦災を免れ、戦前の町割や築 100年以上の木造建築も多く残っていた。失われていく街並みを危惧した商店主や地元工務店らが、1987 年に古い繭蔵を県内から移築したビアレストランをオープンさせたのがまちづくりの起源となり、その後も既存の木造建築を改修した店舗が生まれ続け、各店舗は個性を活かしつつ、店舗前の小さなスペースや木々がゆるやかにつながっていく緑豊かな細街路を形成するようになった。上乃裏通りという名称は、そのような活動が実を結び始めた頃、通りのアイデンティティとして、事後的に選ばれたものである。この上乃裏通りで現在も続けられている活動は、シェアドスペースやリノベーションまちづくり、エリアマネジメントなどの言葉がまだ輸入されていなかった時代から、ゲリラ的に始められたものであった。昨年度受賞した「けやき通り」が、商店会および行政の協力による正統な都市デザインの成果だとすれば、この上乃裏通りは、異端的であると同時に、多くのまちづくり活動に参考となる規範的なものと言えるだろう。

ポイント

  • 一つの店舗のデザインが、波及的にまちづくりとして展開していったこと
  • 店舗前のスペースや植栽などが連携して、魅力的な細街路を形成していること
  • ゲリラ的なまちづくりとして、一つの規範となりうること

日々此れ地獄 わいた温泉郷と地獄蒸し

講評

 九重連山の左端、涌蓋山の麓に位置するわいた温泉郷は、岳の湯、はげの湯などの複数の温泉によって構成されている。阿蘇外輪山の北部に位置するこの地域では、温泉は当たり前のものとして生活の中に入り込んでいる。特にわいた温泉郷では、高温の蒸気が噴出しており、観光産業としての入浴だけではなく、この蒸気を用いて料理、冬の暖房、洗濯の乾燥などの日常利用や、木材の地熱乾燥などの産業利用を展開している。別府が湯煙景観として重要文化的景観に選定されているように、数えきれない温泉を有する我が国においても、大地から蒸気が湧き出す湯煙の景観は、私たちのイメージほどには多くはない。そこかしこの地面から昇る湯煙に住宅や生活景がかすんでいる、このわいた温泉郷の風景は、別府ほど観光化されておらず、いまだ大地の恵みを日常的な暮らしの中で享受していることで産まれているものである。高熱な流動体である地球の非常に薄い表面の上で暮らしている私たちは、地球のダイナミズムと共に生きていかざるを得ないということを実感させてくれる、いわば原初的な風景ということができるだろう。

ポイント

  • 典型的であると同時に希少なものでもある湯煙景観
  • 料理や暖房、木材の乾燥など、暮しの必然から温泉が利用されている風景
  • 地球のダイナミズムと共に生きていくことを実感させてくれる風景

宮崎の大根やぐら

講評

 宮崎市田野町周辺の冬の風物詩である大根やぐらは、規則正しく並んだ三角形の直線的なフォルム、大根の白と緑のコントラストが美しく、冬の田園風景に彩りを加える巨大なオブジェのようである。

 この地では、黒ボク等の多い肥沃な火山性土壌を活かし、昭和初期から「千切り大根(切り干し大根)」の生産が盛んである。冬季に鰐塚山から吹き下ろす乾いた北西風「鰐塚おろし」に大根をさらし天日干しするため、高さ・幅約6m、長さ約50 ~ 100m の巨大なやぐらが約300 基も立ち並ぶ。地元産の竹を用い、雨や霜を防ぐシートを挟む構造とすること、両側にびっしりと大根を並べること等、風土に合わせて工夫されており、宮崎ならではの気候・土壌・地形の恵みを受け、伝統製法で生産される千切り大根は高品質である。

 巨大なやぐら掛けの作業は地域の農家等が共同で行い、熟練の技術が必要である。一時は営農者の高齢化等により存続が危ぶまれたが、2017 年に産学官民が連携し農業遺産推進協議会が設立され、大根やぐらを中心とした伝統的な営農体系を守る活動が始まり、子どもたちの営農・食文化の体験学習、学生の就業支援等も行われている。

 宮崎の風土を活かした伝統的な営農により維持される大根やぐらの風景が、地域の誇りとして次世代に受け継がれることを期待し顕彰したい。

ポイント

  • この地特有の風土を活かした伝統的な食文化とともに、機能的で美しい風景が維持されていること
  • 失われかけたこの風景が地域資源として再認識され、次世代に受け継ぐ活動が始まったこと
  • 本顕彰に、これからの地域活動の促進効果を期待すること

第2回 風景デザインアワード 講評|2019

東彼杵の農業景観

講評

 東彼杵町の、大村湾からやや内陸に入った場所に発見された、無名ではあるが、茶畑、段畑、周辺の山林による深み・質感の異なる緑と、ため池の青の織り成すコントラストが非常に美しい風景である。悠々と広がる茶畑と段畑に、ため池がアクセントとなり、余裕をもって山の中腹に位置しており、どこか高級感漂うこの風景は、九州の美しいユニットとしての可能性を感じさせ、規範的風景の発見につながるような意義をもっている。しかしながら、この丁寧に手入れされ、自然と人の営みのバランスが取れた関係から生まれた素晴らしい風景は、高齢化等により、今後失われていくかもしれない風景といえる。将来にわたり、人の手によりこれらの農地とため池が維持され、この風景が失われることのないよう、この風景の保全と持続の支援となるべく、顕彰したい。 

ポイント

  • 無名の風景の発見
  • 悠々と広がる茶畑と段畑、アクセントとなるため池のユニットとしての美しさ
  • 風景の保全と持続の支援

文責:国生昌美


けやき通り

講評

 福岡市のけやき通りは、天神地区から西へ向かう国体道路(国道202号)の警固交差点から護国神社までの約800mの区間を指す。通り沿いには、洒落た店舗が並ぶ、福岡でも人気の高い目抜き通りである。しかし、けやき通りは当初からこのように計画されていたわけではなく、ケヤキやカエデ、山桜などが混植されていた街路樹をケヤキで統一したのは、1983(昭和58)年のことであった。この通りにおいて特筆すべき点は、民間が主体の継続的なまちづくり活動である。まずは、現在の通りのイメージの基礎を形づくった「警固・赤坂・六本松・けやき通り商店会」(1984年設立)の活動。その後、バブル崩壊などの社会変動による低迷からの脱出を図った「けやき通り発展期成会」(1993年設立)の活動が続く。期成会は、道路管理者と協働して街路の景観整備を推進するだけではなく、緑の管理なども自ら行うとともに、新規の建築に対してけやき通りの魅力を高めるために設計協議を行い、セットバックや緑化の充実を促すなどの活動も行なっている。けやき通りは、都市の骨格として並木による明快なイメージを形成し、住民によって魅力が肉づけされていくという点で、まさに都市デザインの規範である。

ポイント

  • けやき並木によって、都市の骨格としての明快なイメージが形成されたこと
  • 住民による継続的な活動によって、そのイメージが維持されるだけではなく、より魅力的に肉づけされていっていること
  • ハード、ソフトともに、都市デザインの規範として位置づけられること

文責:星野裕司


やまなみハイウェイ

講評

 大分県別府市を起点に、熊本県阿蘇市一の宮を終点とする九州横断道路の一部または全体をやまなみハイウェイと呼ぶ。やまなみハイウェイは、別府の観光開発に尽力した油屋熊八が1921(昭和2)年に掲げた「九州大国立公園実現提唱」を受け、1931年に大分県、熊本県、長崎県の知事らが「九州横断国際遊覧大幹線」として構想された。戦後1948年に「横断道路建設期成同盟」ができ、1951年別府国際観光港から道路改修が始まった。1964年6月に部分開通、10月30日に有料道路別府阿蘇道路として開通式が行われた。1994(平成6)年6月、30年間の料金徴収期間満了に伴い無料開放された。

 別府湾から鶴見岳、由布岳を越え、湯布院から水分峠に至り、森を抜けると視界が一挙に開け、九重連山を正面に飯田高原の草原景観が広がる。九重の牧ノ戸峠を過ぎると阿蘇の大地を一望でき、阿蘇五岳の涅槃像が横たわる。阿蘇外輪山の雄大な草地を過ぎると、阿蘇の大カルデラに沿って坂を下り、阿蘇神社へと至る。やまなみハイウェイは、阿蘇くじゅう国立公園内を通る日本初のパークウェイであり、米国のオリジナルとは違う形で総意工夫がなされ、沿線の景観を保全している。阿蘇くじゅうの地域資源を繋ぎ、九州の広域連携を支え、大地の雄大さ、人々の営み、四季の移ろいを余すことなく感じられる、日本有数の風景街道である。

ポイント

  • 日本初のパークウェイとして、阿蘇くじゅう国立公園などのシステムと連動して、大地の雄大さ、四季の移ろいを感じ取ることができる景観保全の創意工夫がなされている
  • 有料道路別府阿蘇道路として開通し、30年後には無料開放され、いまなお九州の背骨として移動そのものを観光化した、広域観光を支える社会基盤施設である
  • 道守や風景街道などの取組みも盛んであり、今後も沿線一体となった環境保全、観光振興の両立が求められる、地域が主体となった景観づくりの規範的風景である

文責:田中尚人


沖縄の河川の石積み

講評

 日本でも欧州でも構わないが、伝統的な街並みが景観的に優れた調和を有しているのは、産業を含めた社会的条件によって、使用されている素材や技術が限定されていることの要因が大きい。その点で、沖縄県が河川護岸を全て地場材の琉球石灰岩で施工することを決定していることの景観的効果は非常に大きい。県管理の2級河川のため人間的な尺度を超えない低い護岸に対して割石で使用される琉球石灰岩は、そのゴツゴツとした陰影の深いテクスチャーによって沖縄らしい風景を形成している。琉球石灰岩の使用が決定された理由には、景観的な配慮とともに産業的な問題からコンクリート2次製品が高価になるというコスト上の要因も大きいと聞く。上述した護岸のプロポーションの問題や産業的な条件など沖縄特有の条件のもとに効果を発揮していると考えられるため、安直にその結論のみを他地域に応用することはできないが、まず、景観的調和にあたっては素材の選択がもっとも基礎的な課題となること、さらに、景観は地形的・地域社会的条件を如実に表現するものであること、という最も基本的なポイントを私たちに問いかける事例である。

ポイント

  • 地場産の素材使用をルール化することによって、景観的な調和の最も基本的な要件をクリアさせていること
  • 沖縄特有の条件に大きく依存していると考えられるため、他地域への応用においては入念な議論を有する
  • 景観的配慮における基本的で重要な論点を私たちに提起する事例であること

文責:星野裕司


縫ノ池湧水会

講評

 800年続く、満々と水を湛えた池の水面と池の中央にある厳島神社の木々が織りなす四季折々の美しい景観は、農業集落の規範となる風景と言える。池の水は、地下水の過剰汲み上げ等により一度は枯渇したものの、水源転換等により湧水が復活した。この間、池を愛する住民は池を見捨てずに見守り続け、復活後は植栽や近隣都市住民も参加する茶会など様々なイベント等を開催して、美しい風景を残すにとどまらず、環境美化活動の促進、近隣都市住民との交流の場に発展させた。

 この風景を守り、継承していく地域の熱い心は、800年前から途切れることなく続いているとともに、池の水の復活により一層の充実と高まりをみせた。地域の人々とともにある縫ノ池の美しい景色は、後世に残すべき「よい景観」と言えるのではないか。

ポイント

  • 農業集落の規範的美しい風景
  • この景観が、地域に根差して800年続いている歴史的価値
  • 人々が風景をつくり守るとともに、風景が人々の心を育てていると言えること

文責:西 保幸


宮崎海岸

講評

 太平洋に面し、宮崎市から日向市までの約60㎞におよぶ宮崎海岸。その宮崎港から一ツ瀬川の区間はアカウミガメの産卵場であり、貴重な野生生物の生息域であるとともに、海洋レジャーも盛んに行われている。しかし10年ほど前までは、徐々に海岸線が後退し、海浜環境の劣化が続いていた。対策として市民参加の浸食対策の集まりが継続的に開催されることとなった。こうして突堤の建設と巨大土嚢の導入を含む海浜の回復対策が講じられた。その結果、海浜植生の生育範囲が海側に広がり、養浜された区域でのアカウミガメの産卵とその増加傾向が確認された。そしてなによりも、海浜の浸食によって途絶えていた、浜下りの神事が復活した。一方、かつての砂浜の規模が復元されるには、計画途中の突堤がさらに大きく拡張される必要がある。したがって宮崎海岸の十全な復活は道半ばである。しかしながら、伝統的な地域住民の慣行である浜下り神事の復活を見た現段階で、この風景の重要な転換が行われたと考えられる。この点を評価し、これからの対策に一層の弾みがつくことを期待したい。

ポイント

  • 浜下り神事が復活した段階で、この風景の重要な転換が行われたと考えられること
  • 海浜植生の生育範囲が海側に広がり、養浜された区域でのアカウミガメの産卵とその増加傾向が確認されたこと
  • 本顕彰に、これからの対策の促進効果を期待すること

文責:山下三平


玉島川

講評

 玉島川は、清らかで澄み切った水質、時々刻々形状を変える砂州など砂河川特有の風景、堤防の桜並木などの豊かな川沿いの風景を有し、春を告げるシロウオ漁、夏のアユ、秋の川ガニ(モクズガニ)漁など豊富な水産資源にも恵まれている。また、万葉集の時代から人との関係が深く、それが今日までも続いているという歴史的価値も有する。さらには、河川改修や維持管理において漁協等と連携しながらよりよい環境の保全に取り組んでいる。

 両岸に広がる農地には、みかんを栽培するビニールハウスが発達しているが、川そのものの景観を阻害するには至っていない。

 以上のことから、北部九州の平野部を流れる特徴ある河川の風景が、自然と人為の組み合わせの良好な形成と維持によって、今日まで保全あるいは形作られている良い例として評価できる。

ポイント

  • 北部九州によく見られる、花崗岩由来の砂河川の風景が保たれている
  • 清らかな水質と豊富な水産資源が今日も維持されている
  • 万葉集の時代からの人と河川とのつながりが今日まで継続している

文責:西 保幸


裂田の溝(さくたのうなで)

講評

 裂田の溝は、那珂川市にある、日本書紀に記載された日本最古の農業用水路である。

 全面的に改修が行われ、一の井堰は元の姿を留めていないものの、水路は骨格を変えることなく、従来の水路形状や環境を残している部分も多く、集落の脇を流れる水路には、里川的景観が残り、四季折々の表情も豊かである。古すぎるが故に歴史的根拠資料がなく、土木遺産等にて顕彰されていないが、1,600年経っても、今なお現役の水路として活躍している、歴史的価値のある貴重な遺産である。また、環境保全の会や守る会による保全活動や、地元小学校の学習プログラムに組み込まれおり6年生が1年生を連れて現地を説明する等、地元の愛情が注がれている。改修により姿を変えてしまった部分があるものの、地域住民の研鑽により、流量、水質、生活との密着具合は変わらず、昔からそこにあり、生きている用水路である。

ポイント

  • 日本最古の農業用水路であり、歴史的価値がある
  • 1,600年以上経つ今でも、平面形状が維持されている
  • 地域住民の研鑽により、未だ水路として現役で活躍している

文責:国生昌美


遠賀川直方の水辺にかかるもぐり橋

講評

 福岡県を流れる遠賀川の水辺にはたくさんの沈下橋が現存している。この中でも、直方市の溝堀地区、直方リバーサイドパークにかかる沈下橋は、自治体や地元の方々からも「もぐり橋」の愛称で親しまれ、洪水により何度流失してもすぐに復旧される。幅約1。5m、長さ50mほどのH鋼の橋脚と木製の橋桁という単純な形式で、その上を歩くとコツコツと足音が響き、散歩や通勤通学、市民の生活に欠かせない橋である。もぐり橋は、遠賀川の雄大な景観をひきしめ、地域のランドマークとして存在する。

 もぐり橋は高欄などもなく、水面のすぐ上を歩けるため、鮎やオイカワなどの川魚や、サギやカワウ、冬には越冬する渡り鳥なども、間近で観察することができる。夏になるとこの橋から釣り竿を垂れたり、川辺に降りて水遊びをしたりする子ども達の姿が見られ、もぐり橋が、何気ない日常の風景が見られる。このようにもぐり橋は、川と地域、生き物たちと人々との関わりを直接感じることができる、直方の水辺の豊かさの象徴である。

ポイント

  • もぐり橋の造形が、自然に逆らわない河川伝統工法であり、遠賀川の大景観をひきしめ、ランドマークとしての役割を果たしている
  • 地元自治体や地域住民から親しまれ、通勤や通学にも用いられ、洪水により何度流失してもすぐに復旧される
  • 水面近くを歩くことができ、水辺の生き物と直接触れ合える場となっている

文責:田中尚人